メールレター購読者さま こんにちは! 平野啓一郎メールレタースタッフのコニシ(@konishi36)です。 さて、ついに『ある男』の発売まで1ヶ月を切りました! 発売は9/28(金)。ぜひ、カレンダーにチェックをいただけると嬉しいです。 Amazonでの予約を開始しており、 間も無く、電子書籍版の予約も始められそうです。 https://amzn.to/2vrjp2r 先週のメールレターでは、プルーフ版『ある男』を読みたい方を募集いたしましたが、 短い募集期間にもかかわらず、日本各地、また海外にいる方から、たくさんの応募を頂きました。 「メールレターで少しずつ読んで、プルーフを読んで、書籍を読む、という過程が、 一緒に本を作っているようで楽しい」というコメントを応募頂いた多くの方から頂きました。 僕も同じ気持ちで、書籍発売までのプロセスを、 少しずつ 、みなさまにお伝えする中で、 一緒に作っているなあという気持ちを日々感じています。 仕事をしていると、心細い場面も正直多々あるのですが、 そういう時に、みなさまからのコメントなどをみて、がんばろう、と力をもらっています。 だから、ぜひ、これからも『ある男』を一緒に盛り上げられると嬉しいです。 発売まであと一ヶ月、メールレターで連載中の『ある男』の物語も、 これから佳境に向けてより一層面白くなっていきますので、ぜひお楽しみください。 それでは、今週もよろしくおねがいいたします。 ■『ある男』連載 16  北千住のボクシング・ジムから戻ると、城戸は、走り書きのメモを元に、二人から聴いた原誠の話を、記憶している限り、文章にしていった。それだけでなく、これまで雑然と記録していたこの一年あまりに亘る調査を、彼の生涯に関連づけるかたちで、一から整理し直した。  里枝に報告するためで、ようやく、その段階に達したと感じた。そして、作業を通じて、これまでなぜか思い至らなかった、一つの単純なことに気がついた。  城戸が、小見浦憲男の存在を知ったのは、二〇〇七年に、東京都足立区の五十五歳の男性が、六十七歳の別の男性と戸籍を交換していた例の事件だった。  この裁判を傍聴した〝法廷マニア〟のブログによると、小見浦が「過去のロンダリング」の仲介を始めたのは、前年の二〇〇六年のことらしい。きっかけは、意外にも、一九九三年にイギリスのリバプールで起きた「ジェームズ・バルガー事件」の報道だったという。  当時十歳だった少年二人が、ショッピング・センターで誘拐した二歳のジェームズ・バルガーを惨殺したこの事件は、イギリス国内のみならず、世界中に衝撃を与え、憤激を巻き起こし、ほとんど厭世的なやるせなさを横溢させた。  二人は、十八歳になると、八年の刑期を終えて、猛烈な反対運動が起こる中、残りの人生を〝別人として〟生きるための、まったく新しい身許を与えられ、釈放された。  この元受刑囚二人のうち一人が、周囲に感づかれないまま結婚し、とある企業のオフィスに勤務しているという情報が、タブロイド紙に暴露されたのが、二〇〇六年六月だった。小見浦は、このニュースに「ピンと来て」、戸籍の売買や交換を思いついたらしい。  発覚している以外にも、かなりの数の仲介をしているらしく、小見浦がやたらと「朝鮮人」と連呼していたのも、顧客の中に実際に在日や外国籍の人間が含まれていたか、或いは、その需要を当て込んでいたからだろう。気に入らない場合には、数度に亘って戸籍を交換した者もあったらしく、城戸が今更のようにハッとしたのは、そのことだった。  彼は、〝X〟こと原誠が、どうして田代昭蔵のような知的障害のあるホームレスに、死刑囚の息子としての自分の戸籍を押しつけたのか、ずっと疑問だった。城戸はそれに失望し、この長い〝探偵ごっこ〟に、一種の徒労感を覚えていた。ナイーヴすぎる期待ではあったが、里枝の思い出の中に生きている夫は、決してそのような人間ではなかったはずだった。  しかし、田代が戸籍を交換した相手は、そのいかにも不安定な証言を信じるならば、原誠ではないらしかった。少なくとも、彼が会ったのは原誠ではなく、「原誠」を名乗る別人だった。  つまり、最初の推理とは少し違って、恐らく、こういうことだった。  原誠は、最初にまず、田代ではない誰か別の人間と戸籍を交換しているのである。そして、死刑囚の息子という厄介な「原誠」の戸籍を引き取ったその男が、それを、田代と交換したのだろう。いずれも、小見浦の仲介によって。  そして、城戸の推理では、その原誠が最初に戸籍を交換した相手こそが、小見浦が件のヌードのハガキに書き込んでいた「曾根崎義彦」なのだった。  これを、原誠の立場から改めて考えると、こういう話になる。  彼は、ネットか何かで小見浦の存在を知り、最初はまず、「曾根崎義彦」という人間になった。次に、谷口大祐と知り合い、彼と二度目の戸籍交換を行って、「谷口大祐」としてS市に行き、そこで里枝と出会うのである。  もしそうだとするならば、谷口大祐は、やはり今は、「曾根崎義彦」と名乗っていることになる。勿論、彼がその後、更なる戸籍交換を重ねていなければ。そして、そもそも彼が、まだ生きていれば。――  城戸は、自分が向き合っているパソコンのワープロソフト上で、これまで遍在し、ただ失われるに任せていた原誠という人物が、言葉によって出現し、再び確かに存在してゆくのを実感した。弁護士としての彼の仕事は、基本的にはそうして、起きたこと、それに関係した人を言葉にすることだったが、裁判で起案をするのとは違って、目的に収斂させることなく、無駄と思えるような細部に至るまで、極力書き留めようとした。それは、火葬場で、愛する人間の遺骨を、少しでも多く拾い集めようとする遺族の心情に近かった。  原誠本人が、肉体を以てこの世界に存在していた時には、それらの過去は消えるに任せておきたかったであろうし、もっと積極的に消したいと思っていたのかもしれない。なぜなら、生きようとしている実体としての彼にとって、過去は重荷であり、足枷だったから。けれども、その実体が亡くなった今、彼を愛する人が、すべてを愛を以て理解してやれるなら、彼の全体は恢復されるべきではあるまいか。  そうして出来する一個の人間が、「原誠」と呼ばれるべきかどうかはわからなかった。しかし、城戸は明らかに、これまで情報の断片に惑わされながら、彼自身が酷く不安だったのに対して、かたちを成しつつある原誠の存在と呼応するように、自分という人間もまた、まとまりをつけ、一つに練り上げられてゆくような感覚になった。彼がその人生に見たのは、一個の深手を負った物語だった。それは、城戸自身の存在の不安を、孤独に、閉じ込めないまま慰めた。  城戸は、この〝探偵ごっこ〟が、ほどなく終わりを迎えるであろうことに、言い知れぬ寂しさを感じていた。そろそろ潮時であることは、彼自身が痛感していたが、このあとに訪れる空虚を想像すると、索漠とした心境になった。  寂しさ。――そう、情けないことに、彼はこのところ、自分の胸中に蟠っている感情を、臆することなくそう表現していた。  それは、若い頃には想像だに出来なかった、中年の底が抜けたような寂しさで、少し気を許すと、無闇な冷たい感傷が、押し止める術もなく、彼に浸潤して来るのだった。  そういう時、彼は、あの北千住の公園に突っ伏して号泣する原誠の姿をよく想像した。彼には、その光景は、時間と場所から解き放たれて、ほとんど神話の一場面のように感じられた。なるほど、今すぐ直ちに、この場所で、足許に身を投げ出して泣くというのは、何か、超人間的な行為に違いなかった。にも拘らず、城戸は、自分の頬が小石混じりの砂粒に塗れて、地面に擦りつけられるその痛みを、まるで経験したかのように知っているのだった。  小林謙吉は、記事によると、一九五一年に四日市市で生まれている。  幼少期は、食事さえ満足に与えられないほどの貧困と、父親からの凄まじい暴力に苦しんだという。十代の頃から素行不良となり、高校も中退して、しばらくブラブラしていたが、やがて地元の工場で働き始め、両親とは絶縁して、一人暮らしを始めた。  二十一歳の時には、二歳年下の女性と結婚し、三年後に一人息子の誠が生まれた。  小林謙吉は、妻にも子供にも日常的に暴力を振るっていたが、彼自身の幼少期と同様、それが大きな問題となる時代ではなかった。傍目には、この後、五年間ほどは、極一般的な家庭に映っていたようである。  ギャンブルにのめり込むようになったのは、三十代を前にして再会した、中学時代の〝先輩〟の影響が大きかったとされる。そこから、たちまち借金漬けとなり、事件を起こした頃には、連日、取り立てに追われていたらしい。  事件は、一九八五年の夏に起きている。小林謙吉は、誠が入っていた「子ども会」を通じて親しくなった工務店の社長宅に金の無心に訪れるが、断られたことに激昂する。一旦帰宅後、深夜に強盗に押し入り、夫婦と小学六年生の男児一人を惨殺。十三万六千円を奪った後、犯行を隠すために放火し、帰宅したが、一週間後に逮捕されている。  事件はあまりに浅はかで、残酷で、とりわけ、子供まで巻き添えにしている点で、「鬼畜の所業」と報じられた。三人が殺されていることから、死刑は当然視され、小林謙吉自身も起訴事実を争わず、また一審の判決後、控訴はしなかった。  城戸は、自分の人生が、どこかで小林謙吉のような人間の人生と交わり、こんな理不尽な理由で、自分だけでなく、妻も子も殺害されることを考えて、心底、嫌な気分になった。凶器は「刃渡り二十センチの文化包丁」で、それが颯太のあのしわ一本なく輝いている薄く柔弱な肌を刺し貫く様を想像すると、とても正気ではいられなかった。  しかし、その恐怖と不合理への憤りは、小林謙吉への憎悪へは必ずしも直結しなかった。  それは無論、城戸が真の当事者ではないからである。同時に、恐らく職業的な経験もあって、彼の世界観が、これほどの悲惨な事件でさえ、あり得ることと認識していて、それに遭遇することを、一種、運命的な、事故的な何かのように見せているからだった。  不幸にして――そう、それは文字通り不幸だった――、小林謙吉のような人間は、現に存在している。彼に罪を犯させるに至った遺伝要因と環境要因、更には数多の偶然と必然とに、人間の歴史上、前代未聞の例外的な条件は何一つなく、むしろ、何もかもが溜息が出るほど凡庸だった。  だからこそ、彼には責任があるのだとは、城戸も当然に考える。彼は、個人の自由意思を一切認めないといった極端な立場にまで、どうしても立つことが出来ない。しかし、小林謙吉の生育環境が悲惨であることは事実であり、彼の人生の破綻が、大いにその出自に由来していることは明白だった。  国家は、この一人の国民の人生の不幸に対して、不作為だった。にも拘らず、国家が、その法秩序からの逸脱を理由に、彼を死刑によって排除し、宛らに、現実があるべき姿をしているかのように取り澄ます態度を、城戸は間違っていると思っていた。立法と行政の失敗を、司法が、逸脱者の存在自体をなかったことにすることで帳消しにする、というのは、偽善以外の何ものでもなかった。もしそれが罷り通るなら、国家が堕落すればするほど、荒廃した国民は、ますます死刑によって排除されねばならないという悪循環に陥ってしまう。  けれども、城戸はこうした考えを、積極的に人に語ったことはなかった。それは取り分け、彼の妻が、絶対に理解しない論理で、一度、テレビのニュースを見ながら、もし颯太が誰かに殺されたら、という話をした時、彼女は断固として、犯人は死刑にすべきだと言い、夫に同意を迫った。  城戸はその時、一人を殺しても、今の日本では死刑にならないとまずは言った。しかし、妻はすぐに、「じゃあ、わたしと颯太の二人が殺されたら?」と詰め寄った。  城戸は腹を括って言った。 「何か、よほどのことがあれば、人を殺してもいいという考え自体を否定することが、殺人という悪をなくすための最低条件だと思う。簡単ではないけど、目指すべきはそっちだろう。犯人のことは決して赦さないだろうけど、国家は事件の社会的要因の咎を負うべきで、無実のフリをして、応報感情に阿るのではなくて、被害者支援を充実させることで責任を果たすべきだよ。いずれにせよ、国家が、殺人という悪に対して、同レヴェルまで倫理的に堕落してはいけない、というのが、俺の考えだよ。」  香織の目は、怒りと失望に赤く染まって震えた。それはほとんど、人間の血が通っていないのではないかと疑うような眼差しだったが、この話を続けることが、夫婦関係に決して後戻りの出来ない、破壊的な事態を招来することを察して、その時は、そのまま話が打ち切られた。起きてもいない悲劇のために、喧嘩する必要もなかった。颯太が丁度、一歳になった頃のことだった。  そして、城戸が今、小林謙吉に対して、直接の憎悪を抱き得ないもう一つの理由は、彼が本人の人生だけでなく、子供である原誠の存在を知り、強い共感を寄せているからだった。  城戸は、同じ「子ども会」で、一緒にソフトボールの練習をし、ベースやバットといった用具を預かってもらっていたために、何度もその家に遊びに行ったことのある上級生が、ある日突然、両親共々、惨殺されたと知った朝の原誠の心情を想像した。パトカーや救急車のサイレンが轟く騒然とした町内や、父母が殺到し、泣き声が響き渡る小学校の講堂を思い浮かべた。  そのうちに、他の子供たちとは違って、彼ばかりが、登下校時に、マスコミに事件について訊かれるようになる。死んだ友達のことだけでなく、必ず「お父さん」の様子を尋ねられる。最初から、どこか呆然としていた母親の表情をふしぎそうに見ていた姿を想像する。警察が訪れ、カメラマンが怒号を発しつつ押し合いへし合いする中で、父親が逮捕され、連行された朝の情景を思い描いてみる。……  かわいそうに、と城戸は心底感じた。成人後の原誠の背中を思った。かける言葉が見つからなかった。  颯太が通っているこども園は、元町・中華街駅の駅舎ビルに入っていて、少し早い時間に迎えに行くと、子供たちは、屋上のアメリカ山公園でよく遊んでいる。横浜市が開港百五十年となる二〇〇九年に開園した新しい公園で、外国人墓地へと連なるなだらかな傾斜の石畳の道を真ん中に挟んで、花壇と芝生の広場が設けられている。  地下鉄のホームから屋上に至るまでは、幾度も乗り継がなければならない、ひたすら上に向かってゆくエスカレーターが続くが、城戸がその時間を実際以上に長く感じるのは、いつも早く颯太に会いたいからだった。  二月初めの夕暮れ時は、さすがに寒かったが、黄緑色の帽子を被った二十人ほどの子供たちが、ダウンのジャンパーのファスナーを胸のあたりまで下ろして、夢中で駆け回っていた。  その日も、城戸が迎えに行くと、颯太は遠くの方で、おかしくて仕方がないといったふうに笑いながら、くねくねした走り方で、友達を追いかけているところだった。  若い女性の保育士に挨拶し、平穏無事だったという報告を受けて、彼女が颯太を大声で呼んだ。しかし、それよりも早く、「あ、そうたくんのパパ!」と、指さして知らせた子が何人かいた。  父親の姿を見つけると、颯太の目が照れ臭そうに輝いた。笑顔のニュアンスが変化して、見られていたことを恥ずかしがるような、それでいて、友達には求めようのない何かを期待している表情になった。 「そうたくんのパパーっ!」  颯太よりも速く、数人の子供が駆け寄ってきて、城戸に飛びついた。彼は以前、参観日にじゃれついてきた子供たちを何の気なしに抱っこしてやって以来、すっかり、遊んでくれるお父さん、と認識されているのだった。  この日も、あっという間に四、五人に取り囲まれたが、颯太が追いつくと、嫉妬して、 「もー、ぼくのおとうさんにくっついちゃダメ!」  と引き剥がしにかかった。 「こらこら、いたいよ、そんなにつよくひっぱったら。」  城戸は颯太を諫めながら、立ったまま軽く抱き寄せてやった。中の一人が、城戸に報告した。 「そうたくん、きょうね、りょうくんと、こうへいくんが、けんかしてたとき、ダメよっていってね、とめたんだよー。」 「そうだよ! ねー、そうたくん。」 「ほお、そうなんだ? えらいじゃん。……」  城戸は、この無邪気な子供たちの誰かが、いつかは人を殺すかもしれないのだと、ふと思った。たとえここにはいないとしても、今この瞬間に五歳という年齢で、同じように友達とはしゃいでいるどこかの子供が、やがては殺人という罪を犯してしまう。追い詰められてか、或いは、心得違いによってか。――それは一体、誰の責任なのだろうか?……  城戸は、頬の笑みを崩さぬように保ちながら考えた。小林謙吉にせよ、五歳の頃はこんなあどけない子供だったのだろう。いや、彼はもっと傷ついた、見るからに不憫な子供だったのかもしれない。  ジェームズ・バルガー事件の犯人二人は、十歳の少年だった。イギリス世論は、その責任を厳しく問うたが、報道で知る限り、彼らの境遇もまた、目も当てられないほど荒廃していた。  日本の刑法では、十九歳までは少年法の適用範囲で、成人後の犯罪は、当人の責任と見做される。しかし、それまでに、負債のように抱え込んでしまった悪影響が、突然、二十歳でチャラになるわけではない。たとえ、他のすべての良き影響が、それに勝る人間が大半だとしても。  本人の努力は尊いが、それとて努力を方向づける人なり出来事なりに恵まれた幸運ではないのか? 中北などは、人間の人格は、遺伝要因と環境要因との〝相互作用〟で決定されるという、昨今の生物学の知見を確信していて、氏か育ちかといった排他的な二項対立を馬鹿げていると考えている。勿論、すべて自己責任などというのは愚の骨頂だと一蹴する。それについては、城戸もまったく同感だった。  帰宅後も、城戸の頭には、この思考がしつこく留まり続けていた。  数日前に、彼は久しぶりに谷口恭一に連絡をして、原誠について、これまでわかっていることを説明した。これは里枝からも、そうしてほしいと依頼されたことだった。目下、最後の謎は、原誠がボクシング・ジムをあとにしてから里枝と出会うまでの九年間の足跡で、取り分け、重要なのは谷口大祐の安否確認だった。そして、そのためには、親族に協力を仰ぐのが、最も可能性の高い方法だった。  電話口で、恭一は、何度も「ええ⁉ マジですか?」と驚きの声を発していたが、話が一旦、途切れると、一昨年末、彼に最初に面会した時とはまた深刻さの度合いを異にした声で、 「大祐は、やっぱりその男に殺されてるんじゃないですか? だって、そんな狂った殺人犯の子供なんでしょう?」と言った。  城戸はいつになく、少し感情的になって、 「そんなことは言えないでしょう。第一、殺人者の息子っていう出自から自由になって、社会に受け容れられたかったんだから、自分が殺人を犯せば、元も子もないんですし。」と言った。  恭一は、その内容にも口調にも呆れたように鼻を鳴らすと、 「だから、バレないように殺すんでしょ? 父親も父親なんだから、そんな理性的なものの考え方はしないでしょう? カッとなったら何するかわからないですよ。」と反論した。 「原誠さんが弟さんに会った時には、恐らくもう、『曾根崎義彦』って名前だったはずです。つまり、死刑囚の子供ではなくなってるんです。だからこそ、弟さんも戸籍の交換に応じたんじゃないでしょうか。仲介者もいるんだし、殺してまで相手の戸籍を強奪する理由はないでしょう?」 「そんなの、全部、先生の推理でしょう? 言っちゃ悪いけど、妄想と何が違うんですか? なんか証拠があるんですか? 殺す理由は幾らだってありますよ! 例えば、死刑囚の子供だって秘密を大祐に知られて、口封じに殺したとか。」 「ないでしょう、それは。」 「どうして?」 「そういう人だとは思えません。」 「はあ? 先生、どうかしちゃったんじゃないですか? 何でそんなこと、言えるんです?」 「彼をよく知る人たちに話を聴いたからです。」 「そんなもん、人間なんだから、ウラオモテもあるでしょ?」 「――とにかく、それを確かめるためにも、弟さんを一緒に探してほしいんです。それをお願いしてるんですよ。」  幾ら兄弟仲が悪いとはいえ、恭一に異存があろうはずはなかったが、彼自身も立腹してしまい、この時には、明確な返事を聞くことが出来なかった。  城戸は、父親が父親なのだから、息子も人を殺しかねないという恭一の放言にカッとなったが、電話を切ってからも、収まりがつかず、頭の中で反論しているうちに、段々と、自分の理屈が心許なくなってきた。  城戸が、殺人犯としての小林謙吉を理解しようとするのは、その暴力的な父親からの影響の故だった。だとするなら、同様に劣悪な家庭環境に育ったその子供――つまりは原誠――に、犯罪のリスクを見ようとする恭一の態度は、一理あると言うべきだった。遺伝的にも、原誠の風貌は、哀れなほどに父親に似ていて、しかも、彼の純粋な心の反映のようなあのスケッチは、皮肉と言うには、あまりに過酷だが、父親の獄中の絵とそっくりなのだった。  実際、原誠の人生は、常に過去と未来に押し潰されそうになっていたに違いなかった。彼の心が自由になれなかったのは、父親が過去に犯した罪のせいである。子は子であり、その責任を彼が感じねばならない理由はない。しかし、被害者の家族が苦しみ続け、加害者の家族に苦しみがないという非対称に、他でもなく、彼自身が不合理を見て、苦しんでしまう。しかも、彼は過去に対しては負い目があり、未来に於いては、父親の罪を反復するかもしれない社会のリスクと見做されているのだった。  他人からそう見られていたというばかりではない。原誠を最も恐れていたのは、原誠自身に外ならなかった。――しかし、だから何だというのだろう? それは、城戸が、「原誠はそんな人間じゃない。」と信じることと、何の関係もないはずだった。彼と接する誰もがそう言明していたなら、原誠は、戸籍を変える必要もなく、今も原誠として生きていることが出来たのではあるまいか? (続く) ☆☆ 平野啓一郎新作長編小説『ある男』の予約注文開始! https://amzn.to/2vrjp2r 『ある男』特設サイトがオープンしました! https://bit.ly/2nINQxO ☆☆ 本メールレターについて バックナンバー http://fcew36.asp.cuenote.jp/backnumber/hirano/mailletter/ 平野啓一郎への質問はこちらから! https://goo.gl/forms/SSZHGOmy2QBoFK7z2 『ある男』についてのご意見・ご感想募集中! https://goo.gl/forms/ewNWn9rx2MhkYq9x1 ☆☆ 掲載情報: 新作小説『ある男』が「文學界」6月号に掲載! https://amzn.to/2kVCqpc ☆☆ 電子本のご案内 http://bit.ly/2qvb8Xk 【タイアップ小説集 〔電子版限定〕】 http://bit.ly/2pOabNs 【文学とワイン -第四夜 平野啓一郎-電子版】 ☆☆ 平野啓一郎公式サイト →https://k-hirano.com/ ☆『マチネの終わりに』特設サイト http://k-hirano.corkagency.com/lp/matinee-no-owari-ni/ 平野啓一郎公式ストア →https://storeshirano.stores.jp/ 『マチネの終わりに CD』やギフトセットなど ☆公式SNS・ブログ Twitter:https://twitter.com/hiranok note: https://note.mu/hiranok LINEブログ:http://lineblog.me/hiranokeiichiro/ ☆ メールレターの退会をご希望の方は、以下メールアドレスに空メールをお送りください。 hiranoresign@fcew36.asp.cuenote.jp