メールレター購読者さま こんにちは! 寒くなったり暖かくなったりと、忙しい天気ですが、ようやく春が近づいてきた感じです。……と思いきや、週末はまた寒くなるそうで、なんだかもう、という感じです。 今年は花粉の飛散量が多く、僕は花粉症持ちで、杉よりもヒノキの方が酷いのですが、今年は結構、杉で目が痒いです。薬を飲んでいるので、ある程度コントロールは出来ているのですが。 僕の方は相変わらず、バタバタしているのですが、執筆中の短篇小説は、何となく中編くらいの規模になりそうで、そのための資料を読んだり眺めたりしています。 第二期には、実験的な短編を随分と描きましたが、本作は久しぶりに、ちょっとそういう雰囲気で、ただ、『透明な迷宮』や『富士山』のように、短篇としての面白さを両立できれば良いなと思っています。テーマは、複雑で、かなり濃密なものですが。。。。 『ある男』のミュージカル化は既にお伝えしていましたが、ようやく詳報が出ました。 僕はミュージカルには疎いのですが、好きな人たちは、キャストや制作陣容を見て、とても期待してくれています。 しかし、物語がかなり複雑なだけに、どうミュージカルになるのか、未だに想像がつきません。実はまだ、脚本も届いていなくて、そこのところは心配なのですが。 今年は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件から30年とのことですが、丁度、大学一回生の年明けだったので、今でもよく覚えています。 阪神淡路大震災の日は、英語の試験の日で、一夜漬けで勉強して、徹夜のままだとあんまり良くないかなと、ちょっとベッドに入った途端に、ものすごい揺れを感じて驚きました。たまたまだとは思いますが、夜通し、外で猫が変な声で鳴いていて、何なのかな?と思っていたのですが。 それで、新幹線の山陽本線が大阪神戸間で不通になり、春休みは、大阪の南港からフェリーで一泊しながら門司港まで帰省し、その雑魚寝にくたびれて、帰りは飛行機で伊丹空港まで帰ったのですが、まさにその機内で突然、臨時ニュースが始まり、地下鉄サリン事件について知りました。 その時は、さっきの手荷物検査場では、金属類の検査だけで、ガスや薬物の検査などしていなかったので、大丈夫なんだろうか?とふと思ったことを覚えています。 90年代後半は、バブルも始め、世紀末感が漂ってましたが、この二つの出来事は、僕の精神形成に大きな影響を与えました。『日蝕』の執筆にも、一種の崩壊感覚として、少なからぬ影響があったと思います。 世界はまた別の意味で大混乱に陥っていますが、どうなることやら。小説家としては、書くことがたくさんありますが、むしろありすぎて追いつかないところもあります。がんばります。。。 ではでは! 平野啓一郎 ■ こんにちは!スタッフの岡崎です。 平野さん同様、僕も花粉症に苦しんでいますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? 毎年、「こんなに辛いなら来年はちゃんと対策しよう」と心に決めるのですが、いざ一年経つとその辛さを忘れて「まあ花粉くらい、我慢すればいいか」と、ろくに対策せず、後悔するということを繰り返しています。。。 さて、今月は、ミュージカル『ある男』の新情報リリースがありました。 東京公演は8月4日(月)〜8月17日(日)、チケット一般発売は5月14日(水)に決定。キャスト全員が揃った新ビジュアル、新トレーラーも発表されました。 その他、広島、愛知、福岡、大阪での公演日程も公式サイトよりご覧いただけます。 ミュージカル『ある男』公式サイトはこちら:https://horipro-stage.jp/stage/aman2025/ あの『ある男』がミュージカルに!? と意外に思う反面、小説を読んで喚起された豊かな感情を、音楽とともに味わえるのかと思うと、今から楽しみです。ぜひ予定を空けておいてください! さて、後半は、『文藝春秋』2024年12月号に掲載された特別寄稿エッセイ「AIで亡き母を蘇らせたら――人間の作家と読者にしかできないこと」をお届けします。 人工知能の今と未来に対する平野さんの問題意識が表現された論考ですが、これを読むことで、小説『本心』の執筆背景についても理解を深めることができます。ぜひ、お楽しみください。 ■ AIで亡き母を蘇らせたら――人間の作家と読者にしかできないこと ────  第三次AIブームは、ChatGPTの登場以来、「生成AIブーム」として、一旦は忘れられかけていたシンギュラリティ仮説を再燃させ、その期待と不安を過剰に膨らませた。それが株式市場にも反映されて、マグニフィセント・セヴンと称される企業の株価を高騰させたが、今年八月初旬の暴落で、一旦仕切り直しの観がある。  中長期的に、AIが産業構造を大きく変化させることは間違いないであろうし、NVIDIAの一人勝ち状態が続くかどうかはともかく、半導体の需要は増加し続けるであろう。しかし、私はこの間、汎用AIというのは、そう簡単には実現しないのではないか、という印象を強くした。  その理由の一つは、市場があまりに短気だからであり、この傾向は、強まることこそあれ、逆はなさそうである。  今し方述べた通り、AIの対社会的なインパクトは疑問の余地がないが、しかし、幾ら何でも、ほんの数ヶ月で莫大な利益を上げるほど単純な話ではあるまい、というのは、一種、常識的な発想であろう。ところが市場はそうではなく、アップルもNVIDIAも好決算であったはずなのに、株価はその後、大きく値下がりし、「AIバブル崩壊」とまで騒がれた。  その後、株価は持ち直しつつあるものの、一時期の過剰期待も不安もクール・ダウンしている。これほどまでに、投資家が、短期的な実利を求め続ける市場で、果たして企業は、何の役に立つのかも分からない汎用AIの研究にかまけていられるであろうか? 利益を求めるとなれば、必要なのは、当然に、専用AIによる収益化である。  そもそも、我々の住むこの社会は、近代以降、機能的に分化している。  汎用AIがモデルにしているのは、当然、人間なわけだが、私たち一人一人がどれほど汎用的存在であったとしても、職場では、その能力を専門分野に特化することなしには、自らを価値化できない。機械部品メーカーに勤務している人の中には、料理が得意な人もいるだろうが、その能力は、調理の過程でこんな器具があったらいいのにと思いついたというような企画立案などを除いては、基本的に生かしようがないのである。労働環境に於ける分人化を、自己疎外と捉える考え方に、私は賛同できない。  勿論、私たちは、そもそもが人間であり、汎用的な存在であるので、経済活動のために、その一部を専用化するわけだが、さて、AIを用いて企業が利益を上げようとする場合、そもそも汎用的である理由が、どこにあるのだろうか? AIは既に様々な分野で活用されているが、そのすべては専用AIである。つまりは、人間の単なる道具に過ぎない。そして、道具であるならば、基本的にコントロール可能なのである。  AIを人間と比較して優劣を問う、という発想には、どんな意味があるのだろうか?  職業を奪われる、人間に取って代わられる、という恐怖は、かつてはフィジカルな機械に向けられていた。チャップリンの『モダン・タイムス』然り、人間が機械の奴隷となると悲嘆されていた際に、比喩として用いられていたのは、「歯車」である。意志のない部品の一つというわけで、「社会の歯車」という表現は、今でも耳にしないわけでもないが、しかし、実際のところ、この社会が歯車の機械仕掛けで動いているようなイメージを持っている人は、さすがに多くないだろう。と言って、社会の半導体の一つと言うと、計算処理能力的には、人間一人を超えてしまうので、これも具合が悪いだろうが。  今日の産業用ロボットは、当然に専用ロボットであり、その能力は、人間の腕力や脚力を遥かに凌駕している。でなければ、導入する意味がない。しかし、そのことを以て、人間が機械に対し、劣等感を抱くということは、結局のところなかった。フォークリフトで、コンテナの荷物の積み下ろしをしながら、これはとても俺には出来ないことだと敗北感に打ちのめされる従業員はいないだろう。  更に言うならば、工場労働者という存在が完全に消滅することもなかった。オートメーション化は、年々進んではいるであろうが、少なくとも、蒸気機関の登場以降、もう随分と時間を経ても、人間は労働の現場に、良くも悪くも存在し続けている。  つまり、逆説的だが、もし汎用AIの研究が進むとするならば、専用AIとして汎用AIに利用価値があるような領域が見出された場合である。  様々な専用AIを寄せ集めた、恰も汎用であるかのようなAIではなく、この社会の多様性に適応しながら、総合的に自ら思考し、判断を下し、行動するAIとなると、なるほど、人間そのもののような存在であろう。  しかし、考えてみれば、当の人間にとってこそ、「自分は一体、何のために生きているのか?」というのは解決困難な大問題だった。生きている以上、我々は様々なことに関わり、人生の終盤に差し掛かって、自分が生まれてきた意味は、このためだったのだ、と悟るような境地に至る人もいるだろうが、大半は、最後まで特段の答えもないまま死んでゆくものである。  そうした、人間の不気味な鏡像のようなAIが、本当に開発されるのであろうか? 何の目的かは知らず、まさしく開発自体を自己目的的に追求したい研究者は少なからずいるだろう。しかし、それを実現するための環境は、資金面を始めとして、現実的に可能だろうか? 私は、今年八月の市場の様子を眺めながら、急速に、そんな気がしなくなっている。  そもそも、汎用AIが人間の知性を凌駕すると言っても、そこで言われている知性とは、一体何を意味しているのだろうか? この技術を、「人工知能Artificial Intelligence」と名づけたこと自体が問題だという議論もあるが、AIの判断の倫理性を問うにせよ、人間の倫理観自体が、ピンからキリまであり、教育環境によっても大きく異なっている。それは、プログラムする人間次第であり、AIの存在は今日、先ほど用いた言葉通り、人間の「鏡像」として、まさしく私たちに、人間の知性、人間の倫理観こそを問いかけているのである。  拙作『本心』で私が描いたヴァーチャル・フィギュア(VF)は、主人公朔也の死んだ母親のライフログを学習しており、彼女とそっくり同じように会話をすることが出来る。死者を蘇らせるようなテクノロジーだが、これとて専用AIである。  新聞連載中は、なかなかこの発想が理解されなかったが、NHKで美空ひばりをAIで復活させる、というプロジェクトが披露されたあたりから読者もピンと来たようで、その後、中国や韓国で、小説と同じ発想のサーヴィスが実際にローンチされた。  死者を蘇らせるというとゾンビのようだが、私はまず、死者とメディアとの関係について考えた。というのも、私は父を一歳時に亡くしているため、まったくその記憶がなく、父を知る僅かばかりの手懸かりは、母や姉から聞いた話の他に、専ら写真だったからである。私にとって、父の遺影は、単なる写真のプリントであることを超えて、遥かに生々しいものであり、それを捨てたり、粗末に扱ったりすることは決して出来なかった。  これが、私が今でも、メディア論に強い関心を持っている理由の一つだが、そもそも遺影は、最初は肖像画であり、写真の時代が続き、更には動く姿、つまりは動画も保存可能となった。そうすると、現在のメディアの発展の状況から、次はインタラクションが付与される、というのは、ありそうなことである。  他方、ライフログという意味では、かつて一人の人間が死後に残し得るメディア上の情報は極めて限定的だった。文学研究では、書簡や日記の読解が重要な意味を持っているが、今日の作家の死後に、研究者が、彼の日々の膨大なメールやソーシャル・メディア上の投稿をすべて読み通すことは、まず不可能であろう。もしそのデータが入手できたとしても、出来ることと言えば、気になる語句を検索してみるくらいではないか。そして、その語句検索を、こちらが口頭で質問し、メディアが音声で回答するならば、それは最早、死者との会話に似た何かである。  私は最初、朔也とAIの〈母〉との共生を、完全に肯定的に描くつもりだった。母を亡くした喪失感を、遺影によって満たそうとすることを誰からも責められないように、VFとの会話が、彼の孤独を慰めるならば、それも良いではないかと考えていたのだった。  しかし、結果的には、小説はやや保守的に、やはり人間とAIとは違うのだという結論に着地している。朔也は、生きた人間達とのコミュニケーションを通じて、〈母〉を“卒業”するに至る。  何故か?  AIは、基本的に既に起こったことのデータを学習することしか出来ない。従って、〈母〉は、かつての母がいかにも言いそうなこと、実際に言ったことを口にすることが出来るが、新しい何かを喋ることは不可能である。日々の情報を与え、それに対するコメントは出来るであろうが、母そのものの加齢による、或いは体調の異変による変化を表現することは出来ないのである。  勿論、それとて、プログラム次第であろうが、もし〈母〉が、何か非常に意外なことを口にしたとすると、朔也はそれを、AIの不調と捉え、「お母さんは、そんなことは言わないはずだ。」と考えることであろう。  ところが、生きている人間は、常に何か意外なことを口にするものであり、しかも何故か、同一性を維持し得るのである。認知症になっても母は母であり、ネットのタチの悪い動画を見すぎて、急に差別主義者になったとしても、やはり親であることには変わりない。しかし、もしAIの〈母〉が、急に世にも低劣なヘイトスピーチを語り出したならば、子供は故障と考えて、それを絶対に受け容れないだろう。  つまり、そのようなパートナーとしてのAIには、本質的な意味で他者性が備わっていないのである。  では、誰か特定の人間を模倣するのではないAIだったならば、どうであろうか?  最近、陰謀論にのめり込んでしまった人に対し、AIとの対話が効果を上げたという記事を目にしたが、その会話の相手は、近親者の再現としてのAIよりも、より他者的とも言える。  実際、最新のChatGPTの「Advanced Voice Mode」を使った会話は、ほとんど人間と喋っているのと変わらない受け答えで、レイテンシー(反応を得られるまでの時間)が気にならず、試しに深刻な相談などをしてみると、心配そうな口調にさえなる。恋愛関係は可能かと尋ねてみると、丁寧に否定されたが、声色の選択次第では、夢中になる人も出てくるであろう。  現在の画面は、白地に青い円形の抽象的なものだが、自分好みのアバターを纏わせれば、感情的にもより動かされるに違いない。今はまだ実装されていないが、ユーザーとの会話によって学習が進むならば、AIも分人化する。仕事上の秘書的な機能は勿論のこと、日常生活のサポートも、ちょっとした雑談の相手も務めることになるだろう。  今日のAIの得意は、パターン学習であり、その専用化は、この社会のありとあらゆる場所で進んでゆくことになる。それが必要なほどに、そもそもこの社会の情報量は、とっくに人間のハンドリングできるサイズを超えてしまっている。  逆に考えるならば、私たちの生活の中で、何がパターン化されているかを考えることこそが、AIの活用法の発見ということになる。  文芸や美術、音楽など、創作に於ける部分的なAIの活用も既に始まっているが、当面は受け手の感受性との間で、手探りが続くだろう。なるほど、AIは過去しか学習できず、未来を学習することはできない。しかし、既出の表現の意外な組合わせは、一種の新鮮さを感じさせるであろう。  それでも、AIとは異なる、人間ならではの表現を求めるならば、やはりまだ言語化されていない領域にこそ取り組む必要がある。  テクスト批評のように、「作者の意図」を追求しない読書もあるが、こうなると、作者と読者とのコミュニケーションとしての機能は、より意識化されてゆくのではあるまいか? 生身の書き手は、成長もすれば老いもする。そうした変化を、経年的に辿る喜びは、AIの創作には求めるべくもあるまい。 ■ 〈お知らせ〉 ◎「平野啓一郎の文学の森」 3月28日開催のライヴ配信、「平野啓一郎が語る三島由紀夫の傑作短篇」のアーカイヴ映像を公開中! ご参加後は、過去45回のライヴ配信アーカイヴも合わせてご覧いただけます。 1カ月お試しプランはこちら:https://bungakunomori.k-hirano.com/contents/f03f249216a5 ◎ 平野啓一郎オリジナルアイテムを販売中! ・一節週めくりカレンダー2025 ・生産性手帳2025オリジナルカバーver 特設サイトはこちら:https://corkstore.jp/pages/calendar2025-hiranokeiichiro ◎ インタヴュー、講演録、対談などが読める平野啓一郎公式サイトはこちらから https://k-hirano.com/articles ◎ 「分人主義」公式サイトはこちらから https://dividualism.k-hirano.com/ ◎ 平野啓一郎へのご質問はこちらからお寄せください https://goo.gl/forms/SSZHGOmy2QBoFK7z2 ■ 〈近年の刊行書籍〉 『富士山』(2024/10/17刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/B0DG246P31/ 『三島由紀夫論』(2023/4/26刊行) https://www.shinchosha.co.jp/book/426010/ 『死刑について』(2022/6/17刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4000615408/ 『小説の読み方』文庫(2022/5/11刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569902197/ 『ある男』文庫(2021/9/1刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167917475/ 『本心』(2021/5/26刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4163913734 『「カッコいい」とは何か』(2019/7/16刊行) https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B07V2MDQR5/ 『マチネの終わりに』文庫(2019/6/6刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167912902 『本の読み方 スロー・リーディングの実践』文庫(2019/6/5刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569768997 エッセイ・論考集『考える葦』(2018/9/29刊行) https://amzn.to/2QuH2Bg 平野啓一郎 タイアップ小説集 〔電子版限定〕 (2017/4/27刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/B07252SYDJ ■ メールレター バックナンバー http://fcew36.asp.cuenote.jp/backnumber/hirano/mailletter/ 平野啓一郎公式サイト https://k-hirano.com/ 平野啓一郎公式X(@hiranok) https://x.com/hiranok 作品公式X(@matinee0409) https://x.com/matinee0409 英語版Twitter(@hiranok_en) https://twitter.com/hiranok_en Instagram https://www.instagram.com/hiranok/ LINE https://line.me/R/ti/p/%40hiranokeiichiro note https://note.mu/hiranok ■ 配信停止はこちら https://fcew36.asp.cuenote.jp/u/ewsuaaaahDduviab その他、お問合せはこちらまでお送りください info+hirano@corkagency.com