メールレター購読者さま こんにちは! 今年は東京は遅い梅雨入りでしたが、何だかもう、真夏のような暑さです。この調子だと、先が思いやられます。。。 僕は、『オッペンハイマー』論を脱稿したあとは、この秋に刊行される短篇集のゲラの見直しをしつつ、この一、二ヶ月は、少し本を読んでいます。 次に長篇を書く前に、出来れば、200枚程度の中篇を書きたいのですが、テーマはまだ絞れていません。アイディア自体は色々とあるのですが。 その他、来年に向けて、色々と進行中のプロジェクトがあり、まだ発表は出来ないのですが、その準備でバタバタもしています。 ビッグ・ニュースとして、映画『本心』の監督及びキャスト、更に公開日がようやく発表されました!!(※1) 映画自体は、大分前に完成していて、既に試写を見ているのですが、公開のタイミングがあり、情報公開は順を追って、ということになっています。 それにしても、『ある男』に続き、またまた豪華キャストで、本当に作家冥利に尽きるというものです。 映画というのは、映画会社と話を進めながら、段々とキャストが決まってゆくのですが、今回は名前が伝えられる度に僕もビックリしていました。主役の池松壮亮さんは、最初から決まっていて、実は今回の映画化決定も、彼の存在が非常に大きく、とても感謝しています。 2時間の映画であの情報量ですから、とても難しいプロジェクトでしたが、今回はこれまで以上に、監督の再解釈の裁量が大きくなっています。原作から変更されている点が色々とあり、その差異を楽しんでいただければと思います。 そう言えば、僕は今晩の「文学の森」のために、ものすごく久しぶりに『ティファニーで朝食を』の原作を読み返し、映画を見返しました。 小説は、非常にキャッチーでエレガントで、色んな要素のバランスが絶妙ですが、映画は、……どうなんでしょう(笑)? これも、かなり物語が改変されていますね。オードリー・ヘップバーン演じるホリー・ゴライトリーは魅力的ですが、主人公の男の方がどうしても好きになれないんですよね。そのへんのところを、今晩の「文学の森」でじっくりお話しする予定です。 ご興味あれば、是非!(※2) そう言えば、Xのフォロワーが、いつの間にか20万人を超えていました。5万人くらい、フォロワーがいてくれると、純文学作家としては心強いなぁ、というくらいの気持ちで始めたのですが、ありがたいことです。他方、インスタはやっともうじき、1万人! まあ、小説家のソーシャル・メディアとして、言葉ベースのXの方がフォロワーが多い、というのは理解できます。とはいえ、結構、興味深い写真もインスタにアップしているつもりですので、こっちもよろしければご覧下さい~。(※3) ではでは、これから猛暑に突入していきますが、体調を崩されませんように! 平野啓一郎 ────── ※1 映画『本心』公式サイト:https://happinet-phantom.com/honshin/ ※2 イベントご参加はこちら(アーカイヴ視聴可):https://bungakunomori.k-hirano.com/contents/bb0dfb210efd ※3 平野啓一郎公式Instagramはこちら:https://www.instagram.com/hiranok ────── こんにちは!スタッフの岡崎です。 雨が降ったり晴れたりで、寒暖差のある日々が続いていますが、皆様お元気でしょうか? 号外でもお伝えしましたが、今月は、映画『本心』の公開が11月8日(金)に決まり、キャスト&監督の発表もありました。 SNSでも話題沸騰で、「朔也は池松壮亮さんだといいなと思っていたから嬉しい」「イフィーが仲野太賀さんは意外だけど、かえって楽しみ」などと、ポジティブな反応が続々と上がっています。 そして、平野さんのおっしゃる通り、小説を基にしながらも、石井裕也監督の独自の美学が爆発しています。それこそが映画化の醍醐味だとも思いますので、ぜひお楽しみに! さて、後半では、「文学の森」で小説家の中村文則さんをゲストにお招きした際の、対談ダイジェストをお届けします。 中村さんの最新作『列』の話から始まり、お二人が共通して影響を受けたドストエフスキー文学の魅力、最後には小説家志望者へのアドバイスまで。同世代のお二人ならではの、率直で刺激的な対話が繰り広げられ、参加された方からも大好評の回となりました。 最後までお楽しみください! ────── 平野啓一郎×中村文則 ドストエフスキー、小説を書くことについて 〔文学の森ダイジェスト〕 ────── 【置かれた状況を書くことで人間を表現する】 平野:中村さんとは飯田橋文学会や、名古屋で開催されたドストエフスキー学会でお会いしていますが、対談は今回が初めてです。どうぞよろしくお願いします。まず中村さんの最新作『列』についてお伺いしたいと思います。並んだ先に何があるかもわからない行列に並び続けるという象徴的な設定ですが、どのように着想したのでしょうか。 中村:人間が置かれているその状況を書くことにより、人間そのものを表すという、文学の手法があります。カフカなら虫に変身してしまうという状況、安部公房なら「砂」という不毛なものに囲まれている状況を書くことで、「人間とは何か」を炙り出しました。これを前からやりたいと思っていて、コロナの閉塞感の影響もあり、「行列」というものが浮かびました。 平野:現代社会は、あまりにも情報量が増えすぎていますよね。例えば殺人事件を書くにしても、昔の閉鎖的な村だったら、その村の中の人間関係くらいしかない。でも現代は、マスメディアが加わり、ネットの世界にも波及し、3倍も4倍も情報量があり、さらに過去も調べると、とんでもない規模になってしまう。かといって、具体的な話を削ってしまうと、現代社会を書いていることにはならないというのは、僕自身の創作の悩みでもありました。 中村:この作品では、「列に並ぶ」というメタファーを使うことによって、比べ合うことを表現しようと思いました。まさに今、SNSの時代なので、人類史上最も、人間がお互いに比べ合ってる時代に突入しています。この、比べ合うとか、羨ましくなってしまうとか、人より上に立ちたい優越感といった現代の感覚を、「列」で表してみようと思ったんです。書く対象を絞るという意味において、気持ち的には原点回帰に近いんです。 平野:今年、安部公房が生誕100年を迎えたことを機に、あらためて読み直して、半分はリアリズムのように、半分は抽象的な話として書くというのは、物語を圧縮する手法として有効ではないかと思っていました。そんななか、中村さんの『列』が刊行されて、ちょっとやられた感がありました。 中村:いえいえ。今日のテーマにもつながる話なのですが、ドストエフスキーは自分が世界的な作家になると知らないまま亡くなっているんですよね。そういうのを見ると、作家の真の評価は死後だと思うようになったんです。それで、「比べ合う」ということを結構客観視できるようになった結果、『列』が書けたのかもしれません。もっと周りを気にしていた若い頃には書けなかった作品だと思います。 平野:わざわざ言わないだけで多くの人は、人と比べることとか、自分の状況に対する煩悶、嫉妬の苦しさを抱えていると思います。それに対しどう克服していくかというところまで、この作品はカバーしていると思います。『列』については聞きたいことはまだまだありますが、今日のメインテーマであるドストエフスキーのお話に移りたいと思います。 【ドストエフスキーには現代性がある】 平野:名古屋のドフストエフスキー学会で、中村さんは『白痴』をテーマに発表されていましたね。『白痴』は恋愛小説の最高傑作という人もいますが、ドストエフスキーの五大長編の中で、中村さんにとって『白痴』はどのような作品でしょうか。 中村:学会でもお話したのですが、ナスターシャが自分に加害行為をした相手に反抗するという意味で、『白痴』は初の「Me too小説」かもしれない、その萌芽がある小説だと思っています。当時のロシアには、女性の権利を考える風潮があり、ドストエフスキーも敏感に反応をしていたのだと思います。ただ本来はナスターシャは救われるべきですが、小説の構造的にそれができず、ジレンマを感じます。神について言えば、ドストエフスキーはキリスト教の信者なんですが、無神論のことも異端のことも、むしろそっちが好きなのではというぐらいの熱量で書いています。そういったところも、彼の現代性を表していると思います。 平野:囲いもののようなナスターシャを、受け止める側のムイシキンがもっと精神的に落ち着いてキャラが首尾一貫していれば、崇高な恋愛小説になるのだと思います。ほとんど無意味に近いような会話が連綿と続いていくのを読まされると、ムイシキンがだんだんと壊れていく過程に妙に説得力があるんですよね。重要な挿話が自由に組み込まれているところが19世紀の小説だなあと思う所以ですが、逆にそれが現代的であるかもしれず、構造的に不思議なものを感じる小説なんですよね。 【翻訳でもわかる、ドストエフスキーらしさ】 中村:ドストエフスキーの文体は、不思議ですよね。翻訳なのに、ドストエフスキーの文章ってわかるんですよ。細かい言い回しに、ドストエフスキーならではの個性がある。こういう海外の作家って僕は他に知りません。 平野:ドストエフスキーから影響を受けた作家は多くいて、僕自身もその一人ですが、ここまで長く、しつこい書き方はなかなかできないですよね。 中村:大尊敬はしているけど、近くにいたら面倒くさい人だと思います。 平野:『列』で刈り込んだ圧縮技術で、一度、中村版『白痴』を作ってみてください(笑)。 中村:風景描写バッサリいきますよ(笑)。今の日本で僕たちが同じように書くと、昼ドラみたいになってしまう部分もありますね。当時としては、これがリアリズムなんですけれど。 平野:純文学の立場から高踏的に一種のメロドラマ性を批判するのは、19世紀の小説をあまり読んでいないからでは?と思ってしまいます。フローベールだって、『感情教育』にせよ、『ボヴァリー夫人』にせよ、恋愛の部分はそういうものです。 中村:音楽がお好きな人がいたら、ショスタコーヴィチの音楽がむちゃくちゃ合うと思いますね.。ドストエフスキーを読みながら、ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲」か、「交響曲1905」を聞いていると、あの狂おしいメロディと相まって、芸術の極みにいるような感じになりますね。とても得がたい経験です。 【この世界が何なのか知りたい】 中村:ある時、ドストエフスキーができないことは何かと考えたんですね。その結果、ドストエフスキーは最新の科学や物理学を知らないので、これを使って書けばいけるぞと発想して書いたのが、『教団X』という小説です。僕はこの世界に対してある執着があるんです。この世界が何かを知りたいんですよ。僕が書く小説も、その探求という側面があります。『列』にも書いた、ホログラフィック原理が、今一番近いとは思うんです。元々はこの世界も2次元のデータで、それをホログラムみたいに脳が3次元に処理してるだけではないかというものです。でもここでも謎があって、その2次元のデータみたいなものが何であるのか突き詰めると、結局何でこの世界があるのかの問いに等しくなる。神の可能性もまた出てきます。その辺を、物理学が解明してくれないかと日々待ってる感じですね。 平野:物理学の世界には新しい学説が次々と出てきていますから、生きてる間に「これが答えだ」っていうところまでたどり着けるのかどうかわかりませんね(笑)。 中村:そうですね。だから、ある程度の情報で、自分なりに、間違ってもいいから「多分世界はこうだ」っていう結論を、一応出してから死のうっていうのが、長生きのモチベーションです(笑)。 平野:古井由吉さんも、「小説は結局、時間感覚と、空間感覚を突き詰めていくしかないんじゃないか」というようなことをおっしゃっていました。究極的には、存在論的なところに行き着くのかなと思いますね。 【小説家志望者への3つのアドバイス】 中村:このなかには小説家志望の方もいらっしゃると伺いましたので、僕が小説家になる時に意識したことをお話ししたいと思います。一つ目は、当たり前ですが、人より多く努力することです。二つ目は、自分の影響、個性を出すこと。デビューする前は、小説家になるにはどうしたらいいんだみたいなことばっかり考えて、書きたくないことを書いていたんです。でもそれをやめて、時代云々は関係なくて、自分が好きな文学、それを出せばいい。つまり、その個性って結局読んできたもののある意味では複合と、プラスアルファの自分だと思うんです。最後の三つ目は、自分の本を客観的に判断すること。パソコンの画面上で見ると、客観的に見えないので、一度プリントアウトして寝かして、客観的に読むという作業をする。「これは文壇を揺るがす作品だ」という前提で読んでみると、「いや、これじゃ揺るがないぞ」「じゃあどこを直そうか」と冷静になることができます。 平野:「文壇を揺るがす小説かどうかを客観視する」というのは、面白い視点ですね。確かに、小説家になりたいと思っている人ができてないことの一つだと思います。実は僕も作品を書くとき、これが本として刊行された後、「平野啓一郎の新作、読んだ方がいいよ! めっちゃ面白かった」という会話を読者がしている場面を想像できるか、ということを考えるんですよ。やっぱり、自分が発表しようとしているものが、何らかのリアクションを期待できるとを想像しながら、作品を考えなければならないと思うんですよね。 中村:そうですね。これまで飯田橋文学会などの座談会で平野さんとご一緒したことはあったのですが、今日は平野さんと初めての文学の対談が実現できて大変嬉しかったです。 平野:中村さんの小説を読むたび、「自分と同世代の人が書いた作品だな」と共感します。今日はその辺をお伺いできたのでよかったです。お忙しいなかどうもありがとうございました。 (構成:水上 純) ■ 〈お知らせ〉 ◎「文学の森」では、平野啓一郎のナビゲーションで、古今東西の世界文学を読み深めています。 来月7月のテーマはボードレール『悪の華』。近代詩の原点となった伝説的詩集を読みます! https://bungakunomori.k-hirano.com/about ◎ インタヴュー、講演録、対談などが読める平野啓一郎公式サイトはこちらから https://k-hirano.com/articles ◎「平野啓一郎の文学の森」について https://bungakunomori.k-hirano.com/about ◎ 「分人主義」公式サイトはこちらから https://dividualism.k-hirano.com/ ◎ 平野啓一郎へのご質問はこちらからお寄せください https://goo.gl/forms/SSZHGOmy2QBoFK7z2 ■ 〈近年の刊行書籍〉 『三島由紀夫論』(2023/4/26刊行) https://www.shinchosha.co.jp/book/426010/ 『死刑について』(2022/6/17刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4000615408/ 『小説の読み方』文庫(2022/5/11刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569902197/ 『ある男』文庫(2021/9/1刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167917475/ 『本心』(2021/5/26刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4163913734 『「カッコいい」とは何か』(2019/7/16刊行) https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B07V2MDQR5/ 『マチネの終わりに』文庫(2019/6/6刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167912902 『本の読み方 スロー・リーディングの実践』文庫(2019/6/5刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569768997 エッセイ・論考集『考える葦』(2018/9/29刊行) https://amzn.to/2QuH2Bg 平野啓一郎 タイアップ小説集 〔電子版限定〕 (2017/4/27刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/B07252SYDJ ■ メールレター バックナンバー http://fcew36.asp.cuenote.jp/backnumber/hirano/mailletter/ 平野啓一郎公式サイト https://k-hirano.com/ 平野啓一郎公式Twitter(@hiranok) https://twitter.com/hiranok 作品公式Twitter(@matinee0409) https://twitter.com/matinee0409 英語版Twitter(@hiranok_en) https://twitter.com/hiranok_en Instagram https://www.instagram.com/hiranok/ LINE https://line.me/R/ti/p/%40hiranokeiichiro note https://note.mu/hiranok ■ 配信停止はこちら https://fcew36.asp.cuenote.jp/u/ee8baaaabof4iEab その他、お問合せはこちらまでお送りください info+hirano@corkagency.com