メールレター購読者さま こんにちは! いよいよ、今年度もお終いですが、いかがお過ごしでしょうか? 今年の東京は、花粉の飛散量がスゴいらしく、花粉症に苦しんでいます。例年、クスリをちゃんと飲んでいるので、コントロール出来ている方なのですが、最初、目が痒くて仕方がなく、檜の花粉が飛び始めてからは、そっちの方が重症なので、鼻と喉も辛いです。マスクももうしばらくは外せません。 このメールレターでも散々、告知してきましたが、いよいよ『三島由紀夫論』(*1)も校了となり、現在、印刷中です! 原稿用紙で1200枚ほどになり、単行本は650ページ近くあります。執筆を開始してから完成するまでに23年! 勿論、断続的に書いてきたのですが、その間、ずっと三島作品を読み、考えてきた成果が詰まってます。何と言っても、今世紀に入ってから刊行された新潮社の三島全集の存在が大きく、拙著も、僕と三島との本を介しての長い対話の産物だと思っています。 いつの間にか、三島の享年である45歳も超えてしまい、今や僕の方が年上になってしまいました。妙な気分です。 僕は、こういう年齢関係の逆転のことが昔から気になっていて、一度、横尾忠則さんに、「今や三島さんよりも遙かに年齢が上ですけど、三島さんのことを年下の、若い作家という風に感じます?」と質問したことがあります。横尾さんは、妙なことを聞くなぁという顔をされていましたが、「いや、それはそう感じないね。やっぱり出会った時の年齢の感覚のままだね。それに、こっちの世界の享年だけじゃなくて、あっちの世界の年齢もあるんだから。」とのお答えでした。 僕は実は、マルタ・アルゲリッチにも、ショパンについて同じ質問をしたことがあります。彼女も、すぐに首を横に振って、「音楽家に年齢は関係ないでしょう。そんなこと言ったらシューベルトなんてもっと若くして死んでるけど、若い年下の芸術家とは感じない。」とのことでした。 3月は、大江健三郎さんの訃報に大きな打撃を受けました。 『群像』と『新潮』に追悼文を書き、『文藝春秋』で、元読売新聞記者で大江さんとも深い繋がりのあった尾崎真理子さんと追悼対談をしています。 丁度、4月から「文学の森」(*2)で大江作品を読むところでしたので、そちらでまたゆっくりお話ししたいと思います。(*2) 因みに、ジャズ・ミュージシャンのウェイン・ショーターも近い時期に亡くなりましたが、大江さんが88歳、ウェインが89歳だったので、同世代でした。で、実は三島はマイルスと同世代でした。1歳差です。三島と大江さんとの年齢差は、そういう感じですが、第二次大戦を動員可能な年齢で経験したか、子供だったかで、戦争観にも大きな差が生じています。 今年は短編小説を書く年と決めていて、目下、新作を執筆中です。 どうぞ、お楽しみに!! それでは!! 平野啓一郎 ■ *1 『三島由紀夫論』(新潮社)は4月26日刊行、現在予約受付中です。鮮烈なカバーデザインもSNSで話題に! ▷https://www.shinchosha.co.jp/book/426010/ *2「平野啓一郎の文学の森」では、4〜5月にかけて大江健三郎さんの短篇『セヴンティーン』と『不意の唖』を読み深めていきます。 ▷https://bungakunomori.k-hirano.com/contents/bf48374c42e0 ■ こんにちは!スタッフの岡崎です。もう冬は終わったと思ったら急に冷え込んだり、不安定な気温が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。 今月はやはり、大江健三郎さんが亡くなったことに驚きました。大江文学というと難解なイメージもありますが、昨年、平野さんが「天才すぎて嫌になる」とまで評価する初期の短篇『不意の唖』(*1)から読み始めて、「こんなに面白い作品を書く人だったのか!」と、今更ながらハマっていたところでした。 そして4月からは「文学の森」で大江さんの作品をテーマ作にすると発表した矢先、訃報に接し、図らずも追悼企画のような形になってしまいました。残念ではありますが、この機会にもっともっと大江作品の魅力を深掘りし、みなさんと一緒に読み継いでいくことができればと考えています。 さて、後半では、先月行われた「文学の森」ライヴ配信ダイジェストをお届けします。ゲストは、チェコ人作家のアンナ・ツィマさん。プラハにいながら、日本を愛するあまり渋谷に「分身」が生じてしまった主人公を描いた『シブヤで目覚めて』が、チェコで文学賞を総なめにするなど大きな反響を呼びました。 「読者とのQ&A」では、大江健三郎さんの『万延元年のフットボール』を愛読し、目標としていることもお話しくださり、ここでもまた大江さんの偉大さを実感しました…… それでは、お楽しみください! ■ *1 平野啓一郎が『不意の唖』について書いた書評はこちら。 ▷https://allreviews.jp/review/873 ■ 〔文学の森ダイジェスト〕 平野啓一郎×アンナ・ツィマ──『シブヤで目覚めて』をめぐって === 【日本は、生活文化に文学が根付いている素敵な国】 平野:デビュー作『シブヤで目覚めて』がチェコ最大の文学賞、マグネジア・リテア新人賞など数々の賞を受賞されましたね。 ツィマ:私の父が脚本家で、書いている姿をずっと見てきたので、小さい頃からものを書くということに憧れがずっとありました。父から「短編からまず書くといい」とアドバイスをもらって、いくつか短編を書きましたが、どうしても長編を書きたくて、大学在学中の日記を元にこの作品を書き、出版社に送りました。 平野:日本語の学習のプロセスがすごくリアルでしたが、経験が反映されているんですね。デビューのお話も興味深いですね。アンナさんと同じく僕も原稿を出版社に送りました。日本では新人賞に送るのが一般的ですが、チェコもそうですか? ツィマ:チェコでは文芸雑誌の新人賞という手段がなくて、小説を書いたら、直接出版社に送ります。日本のようにたくさんの文芸誌はなく、発表の場が限られています。日本は文学が受け入れられるキャパシティが大きいと思います。 平野:ちなみに、チェコで日本文学の翻訳が出るようになったのはいつぐらいですか? ツィマ:社会主義時代には、日本の推理小説や純文学が翻訳されており、なかでも政治的にふさわしいプロレタリア文学が翻訳されることが多かったです。大江健三郎や三島由紀夫の代表的な作品がないこともありました。谷崎潤一郎の作品はロシア人の描写など思想的なものが検閲されて削除されています。現在、出版社によって、修正版をだしているところもあれば、そのままの版もあります。最近は川上未映子など日本の女性作家の翻訳が多いですね。 【シブヤへの〈想い〉が「分身」というテーマに】 平野:内容に入りたいのですが、物語は渋谷とプラハを行き来し、主人公と、その〈想い〉が分裂します。現代の渋谷と大正時代の東京という時間の距離もあり、生と死の両方を行き来し、異なる世界がいくつも存在している複雑な話ですね。これは事前に構想していたのか、それとも書きながら付け加えていったのでしょうか。 ツィマ:初めは大学での日本語学習のことを中心に書いていました。17歳のときの一ヶ月間の日本体験を思い出して、ヤナが迷子になること、〈想い〉が分裂し、渋谷に〈想い〉という分身が残ることを書き始めました。原稿を送った出版社の編集者から、「もっと日本のことを書いてはどうか」と言われて、本物の日本を知らないから架空の日本を書こうと決めて、研究対象に「川下清丸」という名前をつけて、具体的にして膨らませました。私はどんどん書き換えていくタイプで、最後にはバージョン20くらいになりました。 平野:最終的にはすごく複雑な物語になりましたが、お父さんのご感想はいかがでしたか? ツィマ:父が最後のバージョンを読んだときに、川下清丸の原稿使用料のことを心配していました。実在の人物だと思ったようです(笑) 平野:チェコの読者でも本当にいる作家だと思った人が結構いたそうですね。「文学の森」の読者にも。最後にヤナが〈想い〉と出会うという設定は、最初から構想していたのですか? ツィマ:はい、それは運命であり、これこそが物語のテーマです。最初からこれは大事な設定として構想していました。 【遠い国への憧れと閉塞感〜コロナ禍とのリンク】 平野:渋谷に閉じ込められてしまった主人公の〈想い〉をはじめとして、「閉塞的な空間に閉じ込められる」という主題が様々な形で書かれていますが、チェコという国だとか、ジェンダーだとか、意識的に書いたテーマなのでしょうか。 ツィマ:意識的です。書いていた頃は、日本に行くのが大きな夢でしたが、なかなか留学が実現せず、精神的に行き詰まっていました。 平野:プラハにいるヤナの心情はよくわかるんですが、逆に〈想い〉が渋谷に居続けるという発想がすごいですよね。 ツィマ:遠い国に対する憧れがあると、人間は満足できない状態になってしまう。私の場合は、チェコにいるときには日本に行きたくて、日本にいるときは、家族がいるチェコが恋しい。どこに行っても何かが欠けている。だから、ヤナは行きたいところに行ってもいつも満たされず、同じような悩みになる悲しい運命なんですね。 平野:この本が日本で刊行されたのは、コロナ禍の真っ只中でした。家から出られないし、諦めて家で本を読んでいるときに、渋谷のスタジオの地下室に閉じ込められてる青年の話などを読むと、感情移入するところもありました。外国にしばらく行っていないから、外国に行きたいという気持ちも重なりました。ある意味では日本の読者もいいタイミングで、この本を読んだんじゃないのかなと思います。 【読者とのQ&A】   ──Q1:影響を受けた作家と作品は何ですか? ツィマ:高校の時代や学士の頃、村上春樹が好きでよく読んでいたので、夜の渋谷の描写は、「アフターダーク」の影響を受けていると思います。また執筆中に、大江健三郎の「万延元年のフットボール」を英語で読み、「いつかこういうものを書けるようになりたい」と強く思いました。歴史や現実と神話などレイヤーが多く、とても深い、目指すべき作品だと思います。いつかチェコ語に翻訳したいとも思っています。 ──Q2:お二人は、作品を発表したあとに読者の声を聞いて、考えが変わることがありますか? ツィマ:最近はインターネットの時代なので、読者の意見を直接読めますね。作家にとってはある意味、難しい時代になりました。読者にどう読まれたのか興味はあるのですが、見るか見ないか悩みます。こういうふうに書くべきだとか、変えたほうがいいという声を聞きすぎると、オリジナリティが消え、自分が書きたいものを書けなくなる気がします。これはインターネット時代の大きな問題です。私は作品を書き終わるときには本当によく考えて、「これは書きたかったものなのか、出したいものか、これで満足できるか。」って自分に問います。決意したら、出版後にたとえ後悔しても、あのときはこれ以上いいものは書けないと思ったのでしょうがない、と自分を慰めることができます。 平野:長い目で見て十年二十年ぐらい経つと、段々考えが変化するのはある気がしますけど、書き終わってすぐに変化するというのは、僕の場合はあんまりないですね。アンナさんと同じようにどこまで見た方がいいのかと、考えあぐねている作家は多いと思います。僕は、Amazonで自分の作品の翻訳本のレビューを見るとき、ポジティブなレビューだけに絞って見ると、「自分のことをこんなに理解してくれてる人が世界中にいる!」と思って励まされます。でも、どうしてもネガティブなレビューも目に入るので、その時は目の焦点をぼんやりさせて、しっかり読まないようにします(笑) ツィマ:良い評価を十個もらっても、悪い評価を一つもらうと、頭に残るのはその一つなんです。 平野:そうなんですよ。人を不愉快にさせる天才的な能力持ってるような人がいるから、そういうレビューを見ると、三日ぐらいそのことが気になったり(笑) (構成・ライティング:田村純子) ■ 〈お知らせ〉 ◎「文学の森公式Twitter」 平野啓一郎が語る文学論や作品解説、おすすめ本紹介など、小説をより深く味わうための視点と情報を、毎日投稿しています。 https://twitter.com/bungakunomori ◎「生産性手帳2023 平野啓一郎オリジナルカバーversion」が発売中! 来年3月までの予定を記入できるので、2023年度のスケジュール管理もばっちり。この一冊を手に新年度をスタートしませんか? https://corkstore.jp/products/140012990000 ◎ インタヴュー、講演録、対談などが読める平野啓一郎公式サイトはこちらから https://k-hirano.com/articles ◎ 「分人主義」公式サイトはこちらから https://dividualism.k-hirano.com/ ◎ 平野啓一郎へのご質問はこちらからお寄せください https://goo.gl/forms/SSZHGOmy2QBoFK7z2 ■ 〈近年の刊行書籍〉 『死刑について』(2022/6/17刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4000615408/ 『小説の読み方』文庫(2022/5/11刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569902197/ 『ある男』文庫(2021/9/1刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167917475/ 『本心』(2021/5/26刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4163913734 『「カッコいい」とは何か』(2019/7/16刊行) https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B07V2MDQR5/ 『マチネの終わりに』文庫(2019/6/6刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167912902 『本の読み方 スロー・リーディングの実践』文庫(2019/6/5刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569768997 エッセイ・論考集『考える葦』(2018/9/29刊行) https://amzn.to/2QuH2Bg 平野啓一郎 タイアップ小説集 〔電子版限定〕 (2017/4/27刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/B07252SYDJ ■ メールレター バックナンバー http://fcew36.asp.cuenote.jp/backnumber/hirano/mailletter/ 平野啓一郎公式サイト https://k-hirano.com/ 平野啓一郎公式Twitter(@hiranok) https://twitter.com/hiranok 作品公式Twitter(@matinee0409) https://twitter.com/matinee0409 英語版Twitter(@hiranok_en) https://twitter.com/hiranok_en Instagram https://www.instagram.com/hiranok/ LINE https://line.me/R/ti/p/%40hiranokeiichiro note https://note.mu/hiranok ■ メールレター配信停止をご希望の方は、下記メールアドレスに空メールをお送りください hiranomailletterresign@fcew36.asp.cuenote.jp その他、お問合せはこちらまでお送りください info+hirano@corkagency.com