メールレター購読者さま こんにちは! 東京は、秋らしい晴天で、朝の散歩も心地良いですが、いかがお過ごしでしょうか? 何だかよく分からないまま、コロナも一旦、落ち着いてまして、このまま維持出来ると良いのですが、なかなかそれも難しいのでしょうね。 しかし、我慢続きでは身が持たないので、今のうちに、感染症対策はしつつ、少し息抜きしましょう。 僕の方は、「『豊饒の海』論」の連載も終え、そのあとでやるつもりだった色々な仕事に追われています。 溜まっていた本も、大分、読みました。映画も見ましたし。 「『豊饒の海』論」を含む『三島由紀夫論』の単行本化の準備も始めたのですが、結局、なんと、1000枚の大著になりそうで、いやはや、これからが大変です。刊行は来年の夏以降になるんじゃないかという先日の話し合いでした。『ドーン』よりちょっと分厚い本、という感じですかね。。。 さて、今日は「文学の森」でお答え出来なかった質問に少し回答したいと思います。 Q. 『春の雪』に、”もつれあい、からみあっている”文学作品へ考えを巡らせると、僕には平野さんが解説をお書きになられている、島田雅彦さんの『無限カノン三部作』が見えてきましたが、平野さんには、どのような作品が見えていらっしゃるのか?お聞きしたいです。(rejoiceさん) A. 『無限カノン三部作』は、『春の雪』に正面から挑んだ作品で、島田ご自身は「『春の雪』を安楽死させる小説」と当時、意気込みを語ってらっしゃいました。 僕は、デビュー後、島田さんにはかわいがってもらったと今も感謝していますが、丁度その知り合いになりたてくらいの頃に、島田さんがあれを書かれていました。四十代という中年の苦労を当時は語られていたものの、僕にはよく分からなかったのですが、今になって見ると、よーくわかるところもあります。そういう意味では、内容もさることながら、島田さんも三島の四十代ということも、意識されていたのではないでしょうか? 僕は、尻上がりに巻を追って良くなっていっている印象で、解説も書きましたが、『エトロフの恋』が印象的でした。 Q. 平野さんは三島由紀夫さんの再来とよく言われていますが、そう言われることにどんな思いをもたれているのか、よかったら教えてください。(G.Gさん) A. まあ、これはデビュー時に、当時の『新潮』の編集長の前田速夫氏がそういって僕を売り出し(当時の『新潮』にそう書いてます)、批判もありましたが、その後、結構広まった、というのが真相です。僕は三島に強く影響を受けていましたが、そのことを特に前田氏に強調したわけではなく、前田氏が『日蝕』に何か三島的なものを感じ取ったようで、最初は驚きましたし、三島ファンも熱烈だし、右翼も反応するだろうし、そんなこと言って良いのかな、と、ちょっと心配な感じでした。勿論、前田氏もリスクを取ってのことなので、そこまで言ってもらえるのは嬉しかったですし、感謝もしていますが。 今なら、自分という小説家のプレゼンテーションも、多少は意識してますが、当時はまだ大学生で、もっとこういう風に売ってほしいとか、要望を出すような発想もなかったですね。オビ文や宣伝文句は、出版社の領域なのかなという気もしていましたし。 ただ、もう少し真面目な文学シーンの話をすると、当時は、ポストモダンブームもやや行き詰まりの観があり、文壇も町田康さんや柳美里さんなど、外部から新鮮な風を送り込もうとしていた時期で、僕の登場はそういう流れの中の一つでした。他方、オーソドックスな「文学」の評価としては、当時はとにかく、中上健次が神様のように祭り上げられていて、三島に対しては批判的な風潮が強かったです。そういう意味では、僕に象徴させた「三島的なるもの」の再来、というのは、当時の編集長なりに、あの時代の文学シーンに対する異論という意味があった気がします。 Q. 『豊饒の海』をはじめ三島文学について思索される際の取材方法、特に「山中湖三島由紀夫文学館」に足を運ばれていると思うのですが、印象に残っていることはありますか?(ドリーさん) A. まあ、きれいな良い場所ですよね。生原稿がたくさんあるのは、やはり魅力的でした。 湖を一周して散歩したのですが、途中にバッティングセンターがあって、恐ろしいほど客がいませんでしたが、ホームランを打って、ひとりで喜んでいたのがいい思い出です。まだあるのかな? Q. 平野さんご自身は、時代の変化、特にSNSの普及で読者との距離が近くなったことなどで、作風の変化はありましたか?「文学の森」も本オープンから3ヶ月が経ちますが、より深く読者と関わることで、何か変わりそうな予感などはありますか?(ゆきのさん) A. よく言うことですが、読者というのは、作者が「現代を生きている人間」を知る上で、最も身近な存在なんですよね。人は今何を感じ、何に苦しみ、何に喜びを見出して生きているのか? 否定的であれ、肯定的であれ、読者の反応からは、多くのことを感じ取ります。その影響は、自ずとあるでしょうね。…… 文学の森では、熱心に拙作を読んで下さり、一緒に世界文学を楽しみたいと思って下さっている皆さんの存在に、心慰められています。そういう拠り所が、人生にはやはりないと寂しいですね。 ではでは、どうぞ、引き続きお気をつけ下さい。 文学の森で、日曜日に会いましょう! 平野啓一郎 ■ ◎ 【平野啓一郎の「文学の森」】10月31日(日)13時半〜 平野啓一郎が『少年が来る』(ハン・ガン)について語るライブ配信を開催します! ◎ 平野啓一郎 × ラウラ・テスタヴェルデ 『春の雪』を語る対談ダイジェストをお届けします。 ■ メールレター購読者さん、こんばんは。スタッフのささき(@ss_amelie)です。 今夜は、3カ月かけて「文学の森」で読み解いていた、三島由紀夫『春の雪』特集! 冒頭では、『春の雪』に関連して寄せられた読者からのご質問にお答えいただきました。このQAを読むだけでも自分の四十代を想像したり(そうすると必然的に『マチネの終わりに』、『ある男』を思い出したり)、平野さんが「三島由紀夫の再来」といわれた所以について、文学シーンを踏まえるともう一層意味合いが見えてきたりと広がりを感じますね。 「文学の森」では、『春の雪』クールを締めくくり、今月から、ハン・ガンさんの『少年が来る』という小説を読みます。 1980年韓国で起きた民主化抗争、光州事件をテーマに、事件当時は引越していたものの広州出身である作家、ハン・ガンさんが描いた小説『少年が来る』。あのとき未来を奪われた者に何が起き、残された者は何を想ったのか。── 光州事件については、映画好きな方だと、2017年に韓国で大ヒットした『タクシー運転手』を思い浮かべるかもしれません。この映画は、光州事件を取材したドイツ人記者と、彼を送り届けた運転手の実話を基にした作品です。主演は『パラサイト』でもお馴染みの名優ソン・ガンホ。他にも、光州事件を描いた映画には、『ペパーミント・キャンディー 』もありますね。 この小説について、やはり事件の凄惨さに心が注目してしまうこともありますが、3カ月かけて根本を読めたらと思っています。現実にあったジェノサイドを文学で書く、そして読むことについて。 今週31日(日)13時半〜のライブ配信は平野さんのソロ解説回、11月はハン・ガンさんご本人登場回(!)、そして12月も韓国文学の潮流をお話してくださるとっておきのゲストをお招きする予定です。 「文学の森」は参加者だけのクローズな場なので、あまりインターネットに慣れていない方でも、ゆっくりお楽しみいただけると思います。 小説家・平野啓一郎による小説解説にご興味がある方、普段、本の話をできる人がなかなか身近にいない方、めくるめく韓国文学の扉を開きたい方、ぜひご参加をお試しくださいませ。 【平野啓一郎の「文学の森」】詳細はこちら ▷ https://bungakunomori.k-hirano.com/about さて、最後に『春の雪』特集に戻りまして、平野さんの『マチネの終わりに』、『一月物語』のイタリア語訳を担当してくださった翻訳者であり三島文学研究家でもあるラウラ・テスタヴェルデさんと平野さんによる『春の雪』についての対談記事をお届けします。 来年刊行を目指す『三島由紀夫論』も見据えながら、ぜひお茶でも片手にお楽しみいただけましたら幸いです。 === 〔文学の森ダイジェスト〕対談:平野啓一郎がゲストと語る ー翻訳者ラウラ・テスタヴェルデさんと読み解く『春の雪』と三島由紀夫、ニーチェの影響 ※ 8月29日に「文学の森」にて配信された対談のダイジェストです ===   【ラウラ・テスタヴェルデさんと三島作品との出会い】 ラウラ・テスタヴェルデ(以下:テスタヴェルデ):ナポリ大学在学中、翻訳講座で三島由紀夫の『春の雪』を翻訳することになり、”これこそ三島の文体だ!”と感動したのを覚えています。私と三島との出会いは三島の”文学”であり、メディアの寵児・有名人としての三島、文学と関係がない彼の活動は知りませんでしたし、また関心もありませんでした(当時、『聖セバスティアンの殉教』をモチーフにして撮影された三島の写真などヴィジュアルをきっかけに、三島は外国の文学者に関心が持たれていたことがあった)。ただ、三島の自害については、私は当時3歳でしたが、(イタリアの)テレビで取り上げられていたことは覚えていますし、そのことは後にもショックなことでした。  三島の一般的な認知はイタリアでもあり、国際交流基金のデータベースによると、三島の一般的な認知はイタリアでもあり、日本近代文学作家で一番イタリア語に翻訳されているのが三島(イタリアの刊行調べ、再刊や重訳を含めて、約160件)、次いで、芥川、川端、谷崎です。現代作家では、吉本ばななが83件で三島の約半数、村上春樹もそのくらいです。いかに三島の翻訳が多いかということですね。  初めて訳されたのは『潮騒』で、三島がまだ生きていた時です。その後、1970年までに9冊ほど翻訳されています。また、1961年創刊の「Il Giappone」 (「日本」)という学術雑誌の創刊号には、三島が1959年に「New Japan」に載せた当時の日本現代文学の紹介記事の翻訳が掲載されました。事件前から若手作家としてイタリアでも注目されていたということです。  私が初めて読んだ『豊饒の海』は、英訳からのイタリア語翻訳、重訳でした。一度翻訳がほぼ止まった期間がありましたが、80年代に、政治思想と結びつけて彼の作品を解釈するのではなく、彼の優れた文学作品そのものを再評価しようという機運が高まり、翻訳が進みました。 平野啓一郎(以下:平野):センセーショナルな事件ではなく、秀でた文学者として三島が再評価され、翻訳が進んでいったというのは印象深いです。実は、フランスでも『豊饒の海』は英訳から翻訳されています。三島作品でさえ、英訳からの翻訳(重訳)がヨーロッパでは多かったということですが、最近は原文である日本語から翻訳し直そうという動きから、『仮面の告白』など三島の代表作が日本語から翻訳し直されていますね。 テスタヴェルデ:はい、イタリアでも同じ状況で、私が若かったときは、やはり三島作品は英語からの重訳が多かったかもしれません。ですが、ローマ大学のマリアテレサ・オルシ先生が『三島由紀夫選集』(モンダドーリ出版)を担当した時のあたり、2004年から2006年の間でしょうか、その頃に、殆ど全部の三島作品が、日本語から翻訳し直されました。私も、三島由紀夫選集の中から、『獅子』を翻訳しています。クラシック作品ですから、三島の翻訳は、いろんな人が手がけています。   【戦後の三島の苦悩】 平野:僕もローマ大学で講演をしたご縁で、オルシ先生を存じております。  また、ベルリン2010年のシンポジウムの時に、ドイツ大使館の招聘で一般市民向けに三島について講演をしました。『金閣寺』の話をしながら、三島は戦争の時に徴兵検査に落第し戦争に参加できないまま終戦を迎え、そのために、生き残ってしまったことに罪悪感や恥の意識を抱えながら生きていたという話をしました。講演後、ドイツ人ではなかったのですが、大使館の方が来られて、今日の平野さんの話はドイツ人の聴衆にはピンとこなかったかもしれないと言われたんです。ドイツにとって、第二次世界大戦はナチスの時代です。その戦争に参加していたというのは恥ずべき歴史として戦後断罪されたので、その戦争に参加できなかったという苦悩の話は、わからなかったのではないでしょうかということなんです。    イタリアも敗戦国で、大戦中のファシスト政権は否定されることと捉えられますよね。イタリアの場合、戦後の三島の感覚というのは理解されないのでしょうか? テスタヴェルデ:イタリア人の代表としてではなく、私個人の感覚についてお話しますと、 私は戦後生まれで戦争を経験していません。三島に興味を持った時は、すでに、文学界も、三島を文学者として考えようとした時代です。三島が戦争に参加できなかったというよりも、彼の同世代の若者が死んでしまった場に参加できなかったことについて、戦後世代の一般的読者は、彼の個人的な人間としての罪悪感を理解し得る、わからないわけではない、と思います。  イタリアも敗戦国ですが、どの政治的立場にいたかにより歴史観が違ってきます。戦後のイタリアでは、ファシストから自由になったという「解放記念日」として、4月25日が国民の祝日に指定されています。戦争には敗れたけれども、ファシスト側に対して、勝利をした、とも言えます。   【『春の雪』とニーチェの関連】 テスタヴェルデ:前回の「文学の森」でのライブ配信(平野啓一郎が『春の雪』を語る回)、興味深く拝見しました。『春の雪』の大事なテーマである「夭折」の話は、私の研究テーマ(三島とニーチェ)とも関連します。もちろんさきほどの戦争との関連もあると思いますが、ニーチェの『悲劇の誕生』には、「人間にとって一番いいことは何ですか」という質問に対し、「人間にとっては生まれなかったこと、それはできないので、早く死ぬことです」と答える場面があります。    また、古代ギリシア(ヘレニズム期)の喜劇作家であるメナンドロスの詩の断片には、「神様が愛する者は早く死ぬ」と書かれています。『春の雪』の48章、醜い公爵の息子であるお化けが出てきますよね。彼はレオパルディの本を持っています。そして、そのレオパルディの『愛と死』という詩の冒頭には、メナンドロスの文章「神様が愛する者は早く死ぬ」が引用されているのです。『春の雪』のテーマと関連するのではないでしょうか。イタリア人ですから、とても気になりました。 平野:なるほど。三島はニーチェの著作の中でも『悲劇の誕生』をよく読んでいたようですね。ニーチェの他の著作について、三島がどのくらい読んでいたのかも気になります。今回、『「豊饒の海」論』を書いていて気が付いたのですが、三島は辞世の歌を二句残しています。その一つがこの句です。    散るをいとふ 世にも人にも さきがけて 散るこそ花と 吹く小夜嵐  ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の中に「自由の死」という一章があり、この章と今読んだ三島の辞世の歌は、ほぼ同じ比喩で書かれています。人間は寿命を待つのではなく然るべきタイミングで死ぬべきだということです。このことに触れた研究を読んだことはないのですが、僕は、恐らく、このニーチェの言葉が三島の歌の元になっているのではないかと思うんです。ニーチェの言葉が三島に強く響いたのは、もともと三島の中にあったテーマだったからこそだと思いますが。 テスタヴェルデ:そうですね。辞世の句には、ニーチェとの関連があるのではないでしょうか。『倅・三島由紀夫』に書かれているのですが、三島は最期まで、ニーチェの『悲劇の誕生』を持ち歩いていたことを母が見ていたと書いてありますね。ニーチェとの関係はとても深いです。そして、その影響があるためヨーロッパの人は三島を理解しやすいところがあります。 平野:三島は、ニーチェの「アポロン的なもの」、「ディオニソス的なもの」という言い回しをよく使いますね。旧陸軍の精神を、自分の中ではディオニソスなんだと表現し、創造の源泉であるという話もしています。ギリシャ神話やニーチェなど共通の教養が素地にあるため、ヨーロッパの人も三島を理解しやすいのでしょう。ただ、三島のアポロン的なものというのは、ギリシャ神話のアポロンというより、ニーチェの秩序あるアポロン的なものを示しているように思います。   【『春の雪』の主人公・松枝清顕が挑戦したタブー】 平野:前回の「文学の森」でも話したのですが、天皇の詔勅がおりた宮家の女性、いわば妃殿下を奪うというタブーの設定の上に、三島は更に聡子を出家させ、出家した女性に清顕は愛を伝えようとする。そのタブーに、死という更なるタブーを重ねます。ラウラさんは、最初に読んだ時、清顕の人物造形をどう思われましたか。 テスタヴェルデ:私が最初に読んだのは、もう数十年前になります。『春の雪』は4部作の一巻目で、続く三巻で清顕が転生し、繋がっていくのですが、二巻目以降に読み進める前、この『春の雪』だけを読んだ時点での最初の印象は、綺麗な悲恋物語だと思いました。その時に、主人公である清顕はあまり印象に残っていないんです。  平野さんが前回おっしゃっていた、三島によるタブーの設定がそれほど強いわけではないということについてですが、日本の文化を知らない外国人の読者にとって、宮家の女性を触ってはいけないタブーは、容易に想像がつくことではないし、タブーが強いかどうかは実感が伴っては理解できないと思います。私も、この『春の雪』だけを読んだ時点では、清顕には完璧な未来があり、でも自分のこともわからず、自分の愛する女性がいなくなってしまうということを思いもしない、どこにでもいる若者の悲恋物語という風に読んだと思います。 平野:そうですね。実は、現代の日本人が読んでも、宮家の女性に手を出すことがどれだけタブーか理解できないかもしれません。僕も初めて読んだのは高校生の時で、いけないことなんだろうなと思いましたが、三島自身がタブーを設定したと言っていることを素直に受け取りました。前回も言いましたが、バタイユがキリスト教を参照しながら挙げる、地獄に落ちるような強いタブーではなく、あくまでも社会的責任範疇の中で負うようなタブーで、次元が違うかなと改めてこの作品を読んで思いました。 テスタヴェルデ:1952年刊行の随筆『アポロの杯』で三島が書いていますが、彼はなんとなくギリシャに憧れていた。ギリシャとは古典ギリシャであり、キリスト教以前のヨーロッパ世界で、その世界と日本の共通点を探していたと思われます。実は、バタイユの最初のタブーは、キリスト教についてではなく、キリスト教以前のタブーの構造を話していたんです。キリスト教が入ってくると強いタブーになりますが。三島にとってもキリスト教以前のヨーロッパと日本の共通点を探していたのではないかと思います。キリスト教以前のタブーは、祭りの時にそれを破るんですね。祭りは日本にもあり、三島がディオニソス的陶酔で神輿を担ぐという写真も残っているんですけれど、ギリシャの祭りにも関連するんじゃないかと私は思ったのです。   【『春の雪』綾倉聡子というヒロイン】 平野:ディオニソス的な概念を、三島はふんどし締めて神輿を担ぐという実体験によって結びつけるところが面白いですね。知的に概念を吸収して操作するだけでなく、生きていることに深く結びつけながら考え、それを源泉に文学作品を生み出したから、彼が言わんとすることがヨーロッパの人にも理解されるというところがあるんですね。  『春の雪』には綾倉聡子という主人公がもう一人出てきますが、聡子はどういう女性に思いますか。 テスタヴェルデ:この年齢になって考え直してみると、最初の印象とは変わって、今は聡子の役割を考えてしまいます。悲恋の対象と思っていた聡子の印象とは変わりましたね。『豊饒の海』が自害直前に書かれたことである作品ということに関連していると思います。  主人公ではないですが、脇役、例えば蓼科などの描き方が私は気になります。平野さんの小説で言えば、『マチネの終わりに』の脇役である三谷が印象に残ったように、三島作品における脇役は共感できますよね。脇役が魅力的だというのは平野さんと三島の共通点ではないでしょうか。 平野:光栄です。『春の雪』だけでなく、全4巻『豊饒の海』を読むと読後感も大きく変わる小説ですが、4部作全て、外国の方が読み進められるものでしょうか。 テスタヴェルデ:4巻、唯識論となるとみんなが読めるかどうかわからないけれど、逆にそれに興味を持って読む人もいるのはないでしょうか。仏教に興味を持っている人もヨーロッパにはいますしね。 平野:禅でしょうか。三島は35歳からこの小説のことを考え始め、40歳すぎた頃から書き始め、3500枚の超大作として完成させました。僕自身も40代になって当時の三島と同じ年齢になって改めてこの作品を読むと、感じることが変わってきたんです。昔はよくわからなかったことも、今では中年作家としての苦労を感じたり、三島の人生を結びつけて読んでしまうんですが、三島が最期の作品としてこの作品を5年かけて書いていたことについて、漠然とした質問ですが、どう思われますか。 テスタヴェルデ:最後の作品と思うと、全てに意味があると思って読みます。どこにも意味を探してしまいますから疲れますね(笑)。平野さんは清顕の人物造形があまりよくできていないとおっしゃっていましたが、そのことについては、何か理由があるのではないかと思わないではいられません。意味があるのかもしれないと思い、読み返しています。 平野:僕は昨年から「『豊饒の海』論」を「新潮」に連載していて、本当は3ヶ月の短期連載のはずが、1年になってしまいました。資料に目を通しながら精読していると、三島は自決のことを考えながらこの大作を書いていて、自分の人生や思想を詰め込めるだけ詰め込んでいると感じられます。今は『天人五衰』まできたところで、連載はもうすこしで完結を迎えることができそうです。 (編集・ライティング:田村純子) ■ ◎ 平野啓一郎へのご質問はこちらからどうぞ! https://goo.gl/forms/SSZHGOmy2QBoFK7z2 ◎ 平野啓一郎のナビゲーションで、古今東西の世界文学の森を読み歩く「文学の森」 小説家の案内で、古今東西の文学が生い茂る大きな森を散策する楽しさを体験してみませんか? https://bungakunomori.k-hirano.com/about 次回のライブ配信は、10月31日(日)13時半〜 平野啓一郎が『少年が来る』(ハン・ガン)について語る回です! ■ 【最近の刊行書籍】 ▷『ある男』文庫(2021/9/1刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167917475/ ▷『本心』(2021/5/26刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4163913734 ▷『マチネの終わりに』英訳 “At the End of the Matinee”(2021/4/15刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/1542005183/ ▷『ある男』英訳 “A MAN”(2020/6/1刊行) https://www.amazon.com/Man-Keiichiro-Hirano/dp/1542006880 ▷『「カッコいい」とは何か』(2019/7/16刊行) https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B07V2MDQR5/ ▷『マチネの終わりに』文庫(2019/6/6刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4167912902 ▷『本の読み方 スロー・リーディングの実践』文庫(2019/6/5刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/4569768997 ▷エッセイ・論考集『考える葦』(2018/9/29刊行) https://amzn.to/2QuH2Bg ▷平野啓一郎 タイアップ小説集 〔電子版限定〕 (2017/4/27刊行) https://www.amazon.co.jp/dp/B07252SYDJ ■ メールレター バックナンバー http://fcew36.asp.cuenote.jp/backnumber/hirano/mailletter/ 平野啓一郎公式サイト https://k-hirano.com/ 平野啓一郎公式Twitter(@hiranok) https://twitter.com/hiranok 作品公式Twitter(@matinee0409) https://twitter.com/matinee0409 英語版Twitter(@hiranok_en) https://twitter.com/hiranok_en Instagram https://www.instagram.com/hiranok/ LINE https://line.me/R/ti/p/%40hiranokeiichiro cakes https://cakes.mu/creators/166/ note https://note.mu/hiranok ■ メールレター退会をご希望の方は、下記メールアドレスに空メールをお送りください hiranomailletterresign@fcew36.asp.cuenote.jp その他、お問合せはこちらまでお送りくださいませ info+hirano@corkagency.com